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後継者の本音

後継者の本音

最近、「後継者育成」についてのご相談を多くいただく。

事業承継、二代目、三代目、外部からの後継者。

今日は、その立場にいる人の“本音”について書いてみたい。

解決策ではない。
きれいな成功談でもない。

少し、えぐる話になる。

後継者とは、不思議な立場だ。

まだ完全な責任者ではない。
だが、すでに自由でもない。

先代は健在。
だが、いつかは自分の番が来る。

逃げ道は、残っているようで、
もうほとんど残っていない。

多くの人は、後継者をこう見る。

「恵まれている」
「最初からポジションがある」
「いずれ社長になる人」

だが、後継者本人の内側は、
それほど単純ではない。

本音を言えば――

自分の実力でここにいるのか、
まだ分からない。

評価されているのか、
気を遣われているのか、
区別がつかない。

叱られても、
本気なのか遠慮なのか分からない。

褒められても、
本心なのか忖度なのか分からない。

これが、後継者の孤独だ。

さらに厄介なのは、「比較」である。

常に、先代と比べられる。

「あのお父さんは豪快だった」
「先代は決断が早かった」
「昔は良かった」

まだ何もしていないのに、
すでに減点方式が始まっている。

だから本音は、こうだ。

本当は、
自分のやり方でやってみたい。

でも、
壊したくない。

変えたい。
だが、否定したくはない。

守りたい。
だが、このままではいけないとも思っている。

この矛盾を、
毎日抱えている。

そしてもう一つ。

後継者は、
まだ“最終責任者”ではない。

だが、
既に“責任の予備軍”である。

判断を任される。
だが最後は先代がいる。

口を出される。
だが口を出されなくなると、それはそれで怖い。

本音を言えば――

本当に任せてほしい。

だが、
本当に任されたら、
まだ怖い。

この揺れの中で、
後継者は育つ。

後継者の本音とは、
強がりでも、
覚悟でもない。

「自分は本当にこの立場に値するのか」

という問いを、
何度も何度も繰り返している状態のことだ。

自信がないのではない。

覚悟がないのでもない。

ただ、
まだ証明しきれていない。

その途中にいる。

やがて、
ある日、完全に引き受ける日が来る。

そのとき、
逃げ道はなくなる。

だがそれまでは、
揺れていい。

迷っていい。

比較されて、
傷ついてもいい。

本音を言えば、
怖くて当然だ。

それでも、
逃げずにその席に座り続けること。

それが、
後継者の現実だ。

そして――

その席に座り続けている人は、
もう十分、覚悟の途中にいる。

私は、そう思う。

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