PDCAとは「反省の型」ではなく、「再現の技術」である
「PDCA」と聞いて、少し身構える人も多いだろう。
聞き飽きた言葉であり、
正直、うんざりしている人もいるかもしれない。
だが、これほど誤解されたまま使われ続けている概念も珍しい。
結論を先に言えば、
PDCAとは「反省の型」ではない。
「再現の技術」である。
つまり、
当たった行動を、もう一度できるようにするための仕組みだ。
反省では人は変わらない。
再現できて、はじめて組織は変わる。
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経営歴が長くても、
施策に再現性がない会社の業績は不安定になる。
売上が読めない。
翌期の見込みが当たらない。
社長の勘が外れる。
これは偶然ではなく、構造の問題だ。
理由はシンプルで、
「当たった施策が何か」を把握していないか、
「当たりを判断する基準」が存在しない。
本来、施策には基準があるべきだ。
この施策で、どれくらい集客できたのか。
どれくらい売上につながったのか。
この基準を持たないまま打ち手を重ねるから、
経営はいつまでも手探りになる。
経営者の本当の仕事は、
自社の「勝ちパターン」を掴み、残すことにある。
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多くの会社で、こんな営業会議が繰り返されている。
数字を確認し、
原因を探し、
対策を掲げ、
最後に社長が檄を飛ばす。
だが翌月、
同じ数字、同じ原因、同じ言葉が並ぶ。
これはPDCAではない。
反省と願望を繰り返す儀式だ。
ここで、経営者がまず問うべきことは一つしかない。
「やると決めたことを、本当にやったのか。」
やっていなければ、結果を議論する意味はない。
そして次に見るべきは、
やった上で成果が出たのか。
やったが成果が出なかったのか。
やらなかったのに成果が出たのか(これは偶然だ)。
この切り分けができて、はじめて因果が見える。
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PDCAの文脈でよく引用されるのが、
品質管理の権威、デミング博士だ。
原因を特定し、取り除けば品質は安定する。
これは製造業では正しい。
だが、
人が動く経営の現場では事情が違う。
原因を潰しても、
マイナスがゼロになるだけで、
プラスは生まれない。
改善は後退を止めるが、
前進はしない。
多くの会社は、
「原因を潰したところ」で満足してしまう。
経営に必要なのは、
真実を突き止めることではなく、
行動を再現できる状態をつくることだ。
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ある会社で、受注ミスが続いていた若手社員がいた。
彼は真面目に原因を探し、
メモを増やし、
やり方を工夫した。
だが、ミスは減らなかった。
そこで発想を変えた。
原因を掘るのをやめ、
「うまくいきそうな行動」を一つ決めて試した。
受注メールを開いた瞬間に、
テンプレートで即処理する。
たったそれだけだ。
結果、ミスは激減し、
同じやり方を共有すると、
チーム全体でミスがなくなった。
個人の成功体験が、
組織の再現性に変わった瞬間だった。
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PDCAとは、反省のための型ではない。
成果を再現するための技術であり、
経営を安定させる装置である。
成果が出た行動は、
人に依存させず、
組織に残さなければならない。
創業者が10年かけて掴んだ勝ち方を、
次の世代は5年で、
その次は1年で再現できる。
それが、仕組みで成長する会社だ。
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最後に。
経営に必要なのは、反省ではない。
再現である。
再現とは、
動きながら、修正し続ける力だ。
一度立ち止まるのはいい。
だが、思考停止だけはしてはいけない。
PDCAは、
自分を責めるための言葉ではない。
未来を繰り返し生み出すための、技術なのである。
writing:ストロングポイント株式会社 代表取締役 加賀隼人